66歳男 分からないことは納得出来るまで調べて独力で努力した

現在66歳の年金生活者の男性です。

息子は三人いますがみんな独立し、今は八王子の郊外に購入した一戸建ての家で、家内と二人でのんびりと暮らしています。

現役時代には、一部上場の製薬会社の研究開発部門で医薬品の開発に携わっててました。

私は小さい時から運動神経は抜群で、小学生時代は運動会では何時もリレーの選手に選ばれていました。

しかし、体育以外の成績はからっきしでした。

特に理論的に考える能力が必要な算数は全くダメな上、努力するタイプでもなかったので国語や社会も結局その成績は振るいませんでした。

これは、私が大きくなったときに母親から聞かされた話ですが、父兄参観の時に担任の先生から「お宅の息子さんは上の学校に進学させることは考えずに、水商売の道に進めた方がいいです」とまで言われていたそうです。

中学生時代は軟式テニス部に入部し勉強はそっちのけでしたし、高校時代もその延長線上でした。

そのため高校2年の時の学力試験では、学年で後ろから三番でした。

この時は流石に母親が激怒し、テニス部は暫く休部させられてしまいました。

当然、現役で大学に入れるはずもなく一年浪人をして、翌年なんとか大学には入ることが出来ました。

私は小学校から高校を卒業するまで、腰を落ち着けて勉強をするという習慣が全くありませんでした。

私は浪人した頃から、きちんと机に向かうということを経験し、勉強に時間を取るという習慣が身に付いたのだと思っています。

もっとも、浪人の時はそれしかやることがなかったので、一日中机に噛り付いていました。

一つはそういう習慣が大切だということに気が付いたのです。

もう一つは、自分が納得出来るまで、分からないことは調べて納得するということです。

私は浪人の時、予備校に通いましたが、行ったのは最初だけで、後は全て自分で調べて自分で納得して勉強を進めて行きました。

また、英語などの記憶がメインとなる学科は、何回も何回も繰り返し反復するという努力を惜しみませんでした。

それはみんな分かっていると言うのですが、これが勉強が出来ない者が出来るようになるための一番の近道だと思います。

そうすることで、私は大学を首席で卒業し、大学院に進みその後就職しました。

ただ一つ残念だったと感じていることは、勉強することに対する目的を持っていなかったことです。

何となく薬学を専攻し、何となく製薬会社に就職し、何となく人生をここまで過ごしてしまったことに何か虚しさ感じます。

自分が本当にしたかったのはこれだったのかと言う後悔の念を感じます。

今の信条をもって若い頃に戻れるのなら、きっとどんな大学でも入れるし、どんな人生でも選択出来たんじゃないかと。

小さい時からそのことを理解し、努力することの大切さに気が付けるかが、後悔しない人生を獲得するための一つの方法かもしれません。